英語学習アウトプットに添削は必要か?

英語学習アウトプットに添削は必要か?

英会話や英作文などのアウトプットに「添削してもらえる環境」を勧められている場合がありますが、添削システムや通信講座などは使い方を気をつけていただきたいなと思うことがあります。

理由は2つあります。

・間違いを指摘されるとモチベーションが落ちることがある

・十分なインプットがあれば間違いに自然と気づくはずである

 

間違うことは善である

ある通信講座を受けていたときのことなんですが。

毎月、提出する課題があったんですね。

それが添削されて戻ってきて、ドキドキしながら開いたら、私が間違った箇所にこんなコメントがあったんです。

 

「これは絶対にしてはいけない間違いです」

 

この言葉を聞いてどう思いますか?

もちろん素直に「なるほど〜こういうことは絶対にしてはいけないんだな。よし、勉強になったなぁ。」と思えた人もいるかもしれません。

 

でもね、私は違いましたよ。

自分に甘いのかもしれませんが笑、まずめちゃくちゃ傷ついたんですね。

モチロン、この先生にとっては、私が「あるまじき間違い」をしたのは事実だと思うんです。

だけど私としては「それを知らないから講座を受けている」わけなんですよ。

自分に足りない知識や経験があり、もっと伸ばしたいから、学びたいわけです。

なのに「こんなことをするなんて、とてもダメなことです」という、ダメの念押しを頂いたわけです。

 

だから私は・・・

「あ〜私ってば、失敗したな〜。よし、これから気をつけよう!!!」

とはなりませんでした。笑

 

いやいやいやいや。

それができないからこの講座受けてるから。

ダメなことぐらい、わかってるから。

こういうミスをしないための学習ポイントとか教えてくれませんかね?

 

って思いました。爆

 

何が言いたいかというと、ミスの指摘というのは否定なんですよね。

「もっと英語を伸ばしたい」という意欲がある人は、そもそもは「自分に足りないところがある」という認識があるわけです。

だからミスをすることにも多かれ少なかれ「恐れ」があります。

つまり「ミスしたら指摘される・注意される」と思うとその「恐れ」が助長されてチャレンジが億劫になりかねないということなんです。

 

これで合ってるのかな〜って不安になることもあると思います。

なんか間違ってるかもな〜と思うこともあると思います。

 

気になることを自ら調べるのは素晴らしいと思います。

グーグルで調べたり、辞書で例文を見たり、調べる方法はたくさんありますし、そうすることで「なんとなくコレが正解」というものも分かっていきますから、できる範囲で調べましょう。

(このポイントはまた別途整理してお伝えしますね)

 

だけどもっとも大切なのは「間違いを恐れずにチャレンジ(アウトプット)できるようになること」です。

 

もし、あなたが通信講座や相互添削システムなどを使って英語学習や練習をしていて、添削されるたびにアウトプットが億劫になっているなぁと思いあたる節があるなら。

もしかしたら、やり方を見直したほうがいいかもしれません。

※添削が必ず悪いということはありません。精神的な負担にならないバランスが大切です

 

あれ間違ってたな。を待つ手もある

自分が無邪気に、何らかのアウトプットしたとしますよね。

誰かに英語で話しかけたり、ツイッターで呟いたり、インスタグラムを投稿したり。

とにかく言いたいことを発信して楽しくアウトプットしていたとします。

 

でも実はそのアウトプット、文法や単語の使い方などに誤りがあったとします。(がーん)

 

もしネイティブや上級者がそれを聞いたり見たりしたら「正確にはそう言わないな」と思うようなものです。

三単現のSが抜けていたとか、時制が一致してなかったとか、似た意味だけどそのシチュエーションでは使わないような単語を使っていたとか。

 

これ、添削されない環境なら、誰からも指摘されることはありません。

誰かとの日常会話の中でそれが起こったとしても相手が「言ってることがわかる」思えばスルーするでしょう。

そしてわからなければ聞き返してくれたり、「こういう意味か?」と確認してくれたりすると思います。

ましてやSNSなら「言ってることが分からないな」と思ったら基本スルーでしょうから、指摘される確率はほぼゼロです。

 

さてここで問題です。

このアウトプットは、無駄でしょうか???

 

答えは、ノーです。(即答)

 

これは、子供が言葉を覚えるていく過程を想像してもらうと分かると思います。

 

たとえば、私の甥っ子が5歳ぐらいのころ、こんなエピソードがありました。

あるとき甥っ子の前で、私が母(彼のおばあちゃん)と話していたんですね。

そして会話の流れで「ちょっとそれ支離滅裂じゃーん?」と冗談半分で突っ込んだんです。(奔放な母ゆえ)

甥っ子は、それを横で聞いていました。

そのときは何も言いませんでしたが、おそらく初めて聞いた単語だったので印象に残ったのでしょう。

 

しばらくして別の会話をしていたんですが、また母が自由な発言をしたのを聞いて、甥っ子はすかさずこう言いました。

 

「おばあちゃん(私の母)、それ、おちり(お尻)メツメツだよ」

 

!!!!!!

 

私「・・・だよね〜ほんとだよね〜?おばあちゃんったら、おしりメツメツでおかしいよねぇ〜?」

 

あまりに可愛すぎて、こういう流れになったことは言うまでもないんですが。笑

 

何が言いたいかって、私はそのとき彼の誤りを指摘しなかったんですね。

「違うよ!それはね、おしりメツメツじゃなくて、「しりめつれつ!」って言うんだよ。ほら言ってごらん、はい、しりめつれつ!!」

とか、全然言わなかったんです。笑

だってその知ったかぶりがかわいすぎるじゃないですか。笑

 

だけどその後、彼が「おしりメツメツ」と言い続けたかというと、そんなことはありません。

ちゃんと「支離滅裂」という言葉を覚えて立派な青年へと成長しているわけなんですね。

 

なぜでしょう?

答えはカンタンですよね。

 

彼はその後、どこかでまた「支離滅裂」に出会ったわけです。

誰かが言ったのを聞いたか、教科書や本で読んだかわかりませんが、とにかくまた出会ったとき、気づいたわけなんです。

 

「あ、、、あれって『おしりメツメツ』じゃなくて『しりめつれつ』だったんだ。」

「しかも、その『しり』って、お尻のことじゃなかったんだ・・・」

 

では、あの5歳のときの「おしりメツメツ」発言は無駄だったのか?

いや、無駄ではないですよね。

言ってることがめちゃくちゃだ、という意味らしき「おしりメツメツ」という言葉があるんだ、と学んだし、実際に使ってもみたわけです。

少なくとも、それらしき言葉を使うシチュエーションはそのとき学び実践したわけです。

そしてその果敢なチャレンジがあったからこそ、彼は次に「支離滅裂」という言葉を聞いたとき「あのときのあれだ」ということで、さっと定着したと思うんですね。

まぁこの例がちょっと強引なところは甥っ子のかわいさに免じて何とか・・・苦笑

 

こんなこと当たり前だと思うかもしれません。

日本語なら、日常的にインプットがありますから、あとあとになって学べることは当然のように思えますが、これって英語も同じことです。

というかマスターするには、同じだと思えるぐらい当たり前にインプットがあるべきです。

 

きっちりインプットしていれば、自分のアウトプットの誤りを知る日は来ます。

 

がーん。あの単語いつもこう使ってたけど、別の単語使うんだ。

へー。こういうとき、ああ言うと思ってたけど、どうやら違ったらしいな。。。

 

ピンポイントで分かることもあるし、インプットが蓄積していく中で「こういうときにはこれは使う/使わない」ということが統計として徐々に分かってくることもあります。

これって自分が一度アウトプットしてたからこそスルーせず誤りに気づけるわけです。

 

だからとにかく、何より大切なことは、先ほど申し上げたとおり「恐れずにアウトプットすること」です。

 

できるだけ早くマスターしたいと思えば、すばやく間違いを知ることは大切です。

通信講座の先生も合う合わないだけの問題のこともありますし、添削してもらうことで成長することはもちろんあります。

要はバランスの問題で、楽しいなと思えたり、前向きに捉えられる指摘や多さの範囲だったら良いと思います。

ですが間違いを指摘される環境を選ぶことで苦しくなっているなら、「勉強のためだ」と我慢するのではなく、自分の学習方法を見直してみてもいいと私は思います。

 

最後に。

当たり前ですが、インプットゼロ、事前に調べる(まぁこれもインプットですが)もゼロで、永遠にやみくもにアウトプットしていても、それはどれだけ楽しくても、成長はしません。笑

だから、自分なりに調べながら思い切ってアウトプットする。

 

これを目標にしてみてくださいね。

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